月の涙

 真珠が好きだ。

 艶々と滑らかな肌に光を受けて、僕の目へと幽玄の眩さを照り返している。あの無垢な月光にも似た清らかさ。

 それが彼女の短く揃えられた髪の隙間からチラリと垣間見えるその瞬間が、僕の心を捉えて離さない。

 いつから髪型を変えたのだろう、以前会ったのは久しく昔のことでその頃は嫋やかな射干玉の黒髪を背まで伸ばしていたのに。滅多な機会では会えない彼女がいつの間にか耳に穴を開けていたことも見慣れぬうちに、今度は髪までバッサリと切ってしまった。線香からあがる煙で烟ったその手は微かに震え、唇を噛み締めながらも、その目から涙が流れることはない。

 全身黒に身を包んだ彼女が、白皙のなよやかな指の先でまっすぐの髪を耳にかける。そうするとまんまるい白練の雫が耳元を飾り立てているのが見える。質素な容貌の中で、真珠の耳飾りが唯一艶やかに目を惹きつけるのだ。漆黒の紗幕からつるりとした光が零れ、肌が露わになる瞬間からは、何度見ても見慣れぬ色気が匂い立つ。

 耳元の球体は今にもポロリと滑り落ちてしまいそうで注視しないではいられないのだが、その裏には金属の針がついていて、珠を彼女の艶かしい耳へと刺し留めている。まろみを帯びた照りの強い人魚の涙の裏側に耳朶を貫く鋭さを隠しているその意外性。それがきっと、彼女の強さなのだろう。

 幻想的な極光の干渉色を伴って奥深い輝きを放つあの真珠も彼女も、永遠に僕のものにはならないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

副題:初恋だった年上の従姉妹が未亡人になった童貞の独白。