『金色夜叉』感想

 国語の授業で覚えさせられた文学作品の一つ、尾崎紅葉金色夜叉』を読んだ。特に理由はなくて、擬古文のいかにも文学っぽい文学を読みたかっただけなのだけど、面白いなあと。青空文庫に上がっているし手軽なのでそれで読んだのだが、すぐに言葉を検索できるのとか思いの外便利だった。

 

 『金色夜叉』と言えば有名なのは、主人公貫一が許嫁の宮を蹴り飛ばして言う言葉「必ず来年の今夜の月を僕の涙で曇らしてみせる」(うろ覚え)だけども、この場面を文章で読んだ時はこれが噂の!!!とテンションぶち上がった。

 主人公の学生、間貫一は、扶養してくれている鴫沢家の娘である宮と将来結婚の約束をしていた。ある日銀行家の息子の富山が宮に一目惚れし、結婚を申し込む。貫一と宮は互いに好き合っていたが、宮は若さゆえ、また両親の勧めからその結婚を断らなかった。宮の裏切りに絶望した貫一は宮を手酷く罵り、生涯その恨みを抱きながら生きることを決意して高利貸しとなった。宮の方では結局富山と結婚するも、いくら豊かでも愛のない生活に幸せを感じることができず、貫一でなく富山を選んだことを後悔し続ける。

 あらすじ的にはこんなような内容で、文章の堅さの割にストーリーは読みやすいし感情描写も丁寧な分意外とすらすら読めたなという印象だった。

 貫一はいいように言えば宮を心底愛していたがゆえその裏切りを恨み続ける一途な男なのだが、若かりし日の初恋のために人生を棒に振るあたりなんとも童貞らしいというか粘着質というか、恋愛苦手そうな男のダメな所集めましたみたいなやつ。なぜその恨みを原動力にして高利貸しになることへと向けてしまったんだろうか。なんていうか男らしくねえ。宮は宮で、貫一のことが確かに好きではあるんだけど自分が美人なことを自覚しているので物足りなさを覚えている所に、社会的ステータスの高い富山から求婚され満更でもないという、若さから後々後悔する気持ちに流されてしまう意志の弱い所がある。富山は銀行家の息子で、金に物言わす系な上結婚後の宮の様子に楽観的なところがぼんくら。

 丁寧な情景描写や感情の表現が風雅で美しい分、登場人物の俗っぽさが際立っていて引き込まれた。個人的に文章を読む時って大体、その文体や表現の癖?から物語を汲むと同時にこういうことを書く作者ってどんな性格だろうかというメタ的な視点も抱くのだが、尾崎紅葉の文章は、もうさすが頭の良い人がめちゃくちゃ豊かな語彙を以てこの愚かな俗世を飾り立ててみたって感じ。擬古文体で艶麗な言葉が並ぶのに、恋愛を巡っての男女の機微が生々しく描かれている。色んな意味でエグい。泉鏡花が好きなんだけど、その師って感じする。私にはすごく刺さった。

 明治文学の文章って、伝統的な日本語と近代以降の口語、外来語の混ざり合いが、レトロな雰囲気を醸し出しつつも高尚な感じで良いよね。どんだけ本読んで頭がよかったらこんな文章が書けるだろうと思う。個人的優勝文は「時計は秒刻を刻みぬ。」(うろ覚え)です。秒刻にチクタクとふりがながあっておっしゃれ〜〜と仰天した。

 尾崎紅葉が執筆中病死したので途中で終わってしまうのだが、めちゃくちゃ良いところで終わるせいで続けよとやり場のない怒りが生じる。貫一と宮がどうなるのか、せめて結末の構想だけでも知りたかった。