『名探偵に薔薇を』感想

 積読していた城平京氏の『名探偵に薔薇を』を読んだ。まだ読書記録に書いていないが、以前読んだのとは異なる江戸川乱歩氏の短編作品集を読んだので、なんとなく探偵小説への志向性があった。あらすじを見るとメルヘン小人地獄というファンシー物騒な文字が出てきて、これが推理ものという理路整然とした文構成の中でどう作用するのかなと気になり手に取った。推理小説のネタバレ注意なので、まだ読んでない人はこれを読まないで欲しい。

 

 小説は第一部『メルヘン小人地獄』と第二部『毒杯パズル』の二部構成で、前半はなんとも大掛かりでややもすれば芝居がかった王道的展開の推理もの、後半は前半の大仰なストーリーに反して細やかな感情の揺れ動きや因循、逡巡を描いた、真相に辿り着くまで二転三転する物語だ。

 『メルヘン小人地獄』と題された童話が各種メディアに届いた。小人を材料とした完璧に近い毒薬を作るマッドな博士と、それに憎悪を抱く小人たち。しかし博士はぽっくり死んじゃうので小人たちは復讐心を晴らすために3人の人間を惨たらしく殺しましたとさ。という意味の分からない文章。メディアも悪戯かと放置していたが、その出来事からしばらく経ったある日出版会社社長の妻であった藤田恵子が、童話通りの無惨な殺され方をしたということで事件になる。ストーリーの視点は、その社長夫妻の一人娘・鈴花に勉強を教える大学院生の家庭教師である三橋である。明朗闊達な妻が殺され、人の良さそうな、あるいは気弱と言い換えても良いような社長・藤田克人は憔悴し家事や生活もままならなくなる。それを見かねた三橋が藤田家で鈴花の面倒を見る。というのが始まりだ。

 作品の全容を踏まえた感想になるので一回読んでから見てほしい。本当に、マジで。他人の、小説を読み展開をリアルに追う機会と楽しみを奪いたくないので。これはネタバレしたくない。どんな小説でもネタバレはダメ派なんだが、推理小説は特に、展開の推理を読者に考えさせたりある種の様式美を重んじる傾向があったりするので圧縮すると面白さが半減どころか一割にも満たないと思う。

 

 自分の思考の整理のために、内容をがっつり全部要約する。ネタバレ断固反対派と言いつつ物語の筋を全部書き連ねている。面白いなと思ったので自分の中で一つ一つ筋を追いながら考えたかったのだが感想より要約が大半を占めている。まだ本書を読んでいない人はここから見ないでほしいし、既に読んだ人は要約は読み飛ばした方がいい。

 

 

 第一部『メルヘン小人地獄』では、『メルヘン小人地獄』という童話と共に、その童話に出てくる小人を材料とした完全に近い毒薬『小人地獄』が実在し鍵を握る。恵子は『小人地獄』で殺されたのではないが、彼女の死に様がメディアに送られた『メルヘン小人地獄』と同じものであったことから、30幾年前に迷宮入りした事件で名前の上がった毒薬『小人地獄』の存在も掘り返される。『メルヘン小人地獄』では3人の人間が無惨に死ぬ。2人目、3人目の被害者が出る可能性や毒薬との関連についての進退が注目される。

 夫である社長の克人は妻の死後憔悴しきっているが、娘を支えてくれる家庭教師三橋を頼りにし妻の残した手紙に書かれたことについて相談する。正しい致死量を用いれば1時間で心臓発作としか判断されない症状が出て死に至る、死後検知されることもない摩訶不思議な毒薬『小人地獄』。これを作ったのが恵子の父であり、実物をずっと保存している、さらにそれで自分の母を殺したのだという衝撃の告白を述べた手紙だ。『小人地獄』は33年前にその父が何者かに殺されたことで警察の知る所となったが、その効能から様々な権力者との繋がりがあり結局事件解決の前に揉み消されたのだ。堕胎されたり捨てられたりした赤子を腐敗させその脳味噌を原材料にして作られるその毒薬の現場があまりに惨たらしく、揉み消されはしたが関わった人間には強く印象づいたものだったことからメディアでも古参の人間なら知っている。そして現在同名の童話が送られ、世間には広まっていないがメディア関係者の間では注目の的になっている。

 克人は恵子のことを愛している。童話に擬えて逆さ吊りにされ数多切りつけられた結果失血死した恵子に対し世間では同情的な目が向けられているが、それがあまりに非人道的な毒薬を作った人間の子でありまた母親殺しをしているとなれば一転、中傷の嵐になるだろう。死んだ恵子のためにも病気がちな娘の心の安寧のためにもそっとしておいてほしい、との気持ちから克人はこの手紙の事を警察に対し秘匿したいと三橋に相談する。警察の側では、恵子を殺した犯人捜査や毒薬との関連性から、何か隠しているらしい克人の情報提供を求めている。

 克人と三橋が結託する一方で第2の殺人が起こる。アパートの浴槽で、童話の通りグツグツと煮殺され原形を留めていない。被害者は国見と言い、なんと恵子の父の元で毒薬製造の助手をしていた男の1人であった。恵子の父の死後はサラリーマンとして生きていたが株に手を出し落ちぶれたらしい男が殺された。恵子の手紙では、父には手伝いが2人おり、1人は助手で1人は毒薬の被験者であった、2人は父に弱みでも握られていたのか酷く精神が衰弱しながらも手伝いをさせられており、父が毒薬づくりをする際娘である恵子のためだと言っていたため、自分を殺すのはそのどちらかだろうということであった。そしてその1人が死んだため、容疑はもう1人の鶴田という男にかけられた。

 童話での3人目の犠牲者は学校帰り女の子であったことから、藤田家の一人娘・鈴花が危険であると見解が出た。ブローカーであり、立て続けに仕事を失敗したため金のない鶴田は、藤田家に現れ娘のために3000万円融資しろと脅迫してくる。鶴田は1人目の被害者である恵子が殺された際に警察のお世話になっていたことで完全なアリバイが証明されていた。状況としては完全に鶴田が犯人としか思われないがそれが明白な上で警察の手を逃れさらに仕事の資金を得ること、また事前にメディアに送った『メルヘン小人地獄』が報道されて知る人ぞ知る毒薬が認知され売買ルートができることで、裏社会で再び名をあげ生きていけるのだと鶴田は語る。刑事相手に毅然とした態度をとっていた三橋もこれには進退窮まり、後輩であり名探偵と呼ばれる瀬川みゆきに連絡をとる。

 果たして瀬川は、なんとこの事件を2日で解決してしまった。実際の所、2人目の被害者であった恵子父の助手・国見が企てたこの計画を、その実行犯であった鶴田が乗っ取ったことで不可解な事件になっていた。本来なら2人目の犠牲者となるのは社長である藤田克人、3人目は娘の鈴花であるはずだった。警察より先にこの事件の真相を暴いたために恵子の手紙を警察に渡さないで済み、藤田家は一時は世間を賑わせたが恵子はゴシップの種にならずに下火になった。恵子が保持していた毒薬『小人地獄』も警察に押収されることなく藤田家に残っている。

 

 まず第一部を読んで思ったこと。三橋がちょっとなんかキモい。長身でお人好し、好青年で勉強もできる鋭い人物として描かれているにも関わらず。何だろうそこはかとないこのキモさ。そもそも中学生の女の子の家庭教師をしている時点でなんだかこう、匂ってくるものがあるのだが、凄惨な事件に巻き込まれた仕事先にも関わらずその家庭の家事をして秘密を共有し、さらに警察や怪しい人物に対して冷静な姿勢を保つあたり、お人好しではすまされない違和感を抱く。こいつサイコパスすぎやしないか?と。いや一般的な意味でのサイコパスみたいな、他人の気持ちが分からないとか共感能力がないとかそういうのではないが、なんだろううーん。文章内での表現ではパッとしないな、と。なんというか、一大学院生に対して設定が過多すぎる感がある。それ以外にも、あまりに凄惨な童話とそれに準えた惨殺事件、ほとんど完全な毒薬、異様に冷静なキャラ、2日で時間を解決する名探偵。名探偵には何やら重い過去があるらしい匂わせ。俺の考えた最強の探偵!の気配を感じる。文章の表現としても、装飾性が高いというのか、仰々しくしゃちほこばった言葉回しでちょっとくどい。ラノベやネット小説の気配がうっすら感じられるが、そういう所に目を瞑ればさすがにストーリー展開や情報の開示の仕方あたりはミステリらしく面白いななんて思った。この点は何と言ったか、有名な賞の候補作に選ばれるだけあるなといった印象。個人的には国見の犯罪計画を鶴田が乗っ取った辺りとかめちゃくちゃワクワクした。

 

 第二部『毒杯パズル』。第一部から2年後の物語。家庭教師だった三橋は大学院卒業後、藤田克人社長の出版会社に就職し、克人は恋愛の末に後妻の恭子を得る。娘の鈴花の家庭教師として三橋の後輩である山中冬美が雇われており、名探偵瀬川は放浪の旅に出ている。事件を経て克人の信頼を獲得した三橋は家庭教師を後輩に譲った今でも藤田家と深い交流があり、団欒のお茶の時間に冬美とともに参加していた。事件はこのお茶の時間、三橋、克人、恭子、鈴花、冬美、そして家政婦の房枝がいた場で起こる。冬美がお茶を飲んだ際に苦しんで死んでしまった。警察の捜査により、冬美の死因が『小人地獄』であったこと、紅茶のポットから大量の『小人地獄』が検出され、全員のカップの紅茶も同様であることが判明する。

 『小人地獄』の実在を知っているのはこの家庭の人間のみである。ほとんど完全な毒薬である『小人地獄』にはしかし、致死量を大幅に超える量を服用しようとすると苦みのあまり飲み込めないため死に至らないという欠点があった。致死量を守って使う分には完全犯罪になる毒薬を大量に用いる不可解さ、苦くて飲めたものではない紅茶を何故か飲み込んで死んだ冬美、毒薬を知っている人間には人を殺す動機がないこと。これらがこの事件の謎である。

 三橋を介して克人が名探偵瀬川にこの事件解決を依頼する。瀬川はこの事件についてまず次のように推理する。後妻恭子は克人との恋愛の末結婚に至り、前妻の娘の鈴花にも愛情を抱いていたが、体調を崩しがちな娘を大層気遣う旦那が自分を愛していないのではないかと疑った。そして克人から『小人地獄』の存在について教えられておりそれが克人の部屋にあると知った恭子は、魔が差しそれを盗んで鈴花のティーカップに少量塗りつけた。恭子が克人の部屋から後ろめたそうに出てきた所を目撃していた鈴花は、恭子が自身に複雑な思いを抱いていること、他方彼女が自身や克人を本当に愛していることも知っていたため、ポットに『小人地獄』を全て投入した。そうすることで恭子が自身を殺そうとしたことを隠そうとした。毒薬は致死量を大きく上回ると苦みで飲み込めないことを知っていたし、お茶の時間に出る面々も把握しているため誰も死なないと思っていた。しかし冬美は2年前の事件の部外者であり、また彼女は周囲には秘密にしていたが無味覚症であった。運悪くそんな彼女が一番最初に口をつけてしまったために不可解な事件となってしまった。幼気な少女が後妻を思うあまりに起こった不運な殺人と瀬川は判断し、自首を勧めた。鈴花の行動を知った克人、恭子、三橋は、これは不慮の事故であると鈴花を庇い立てする。

 しかし瀬川の元に、冬美の妹を名乗る人物から電話がかかってきて話したいことがあると言う。曰く、姉の冬美は恋愛に関して粘着質な所があり、本人の言う恋人に対し脅迫していた。冬美は家庭教師をしていた生徒が『小人地獄』を持っているとこぼしたことからそれをおそらく盗んでおり、自分と付き合わなければ恋人の好きな人物であるその生徒を毒薬で殺すと脅したのだ。酔っ払った際に姉がそう言っていたらしい。言わずもがなその生徒は鈴花であり、そしてその鈴花を好いていたのは三橋であったのだ。かくして第二の推理は次のようになる。冷静で聡い所のあった三橋は、脅されて冬美と付き合っていたが冬美を疎ましく思っていた。ある日恭子が克人の部屋から後ろめたそうに出るのを見た三橋は、彼女が鈴花に対し殺意を抱いていると嘘の犯罪計画を教える。純真な鈴花は恭子の複雑な思いを知っており、また『小人地獄』の特徴も分かっていたため三橋の口車に乗せられて、恭子の殺人未遂を隠すためにポットに毒薬を仕込んだ。三橋は曲がりなりにも恋人である冬美の無味覚症について知っており、当日は冬美が最初に口をつけるように会話なりで誘導した。

 実際には恭子は殺意は抱いたものの『小人地獄』を盗みも鈴花のカップへ塗りつけもしなかった、しかしそれでは罪がバレた時に、恭子を庇うために人を殺してしまった鈴花の罪が重くなってしまう。このことを三橋に教えられた恭子は、嘘の証言をすることを誓う。鈴花は三橋に恭子の偽の殺人計画を教えられはしたが、後妻を庇ったという達成感や自身で毒薬を仕込んだという責任の所在から、警察に露呈したとしても三橋の名前は出さないだろう。こうして三橋の完全犯罪が成立することになる。三橋には、この件で邪魔者を排除し、また一方で犯罪を犯した鈴花を庇うことで藤田家の弱みを握り鈴花を完全に己のものにするという目的があった。愛する人を守ると言いながらその実、犯罪の実行犯に仕立て上げる三橋は間違っていると、瀬川は糾弾する。

 鈴花は、瀬川がかつて推理によってその心を壊してしまった少女に酷似していた。昔、川で事故死したとされた男子は実は少女に突き落とされたのだが、それは男子が少女に対して暴行を働こうとしたための正当防衛であった。瀬川は事故死の真相を明らかにはしたが少女の正当防衛を立証することができず、結果としてその少女は殺人犯として誹謗中傷に晒されてしまった。そしてその少女・夕奈は瀬川の妹であった。真実を暴くことは時として残酷な現実を突きつけることになるのだと思いながら、しかしこの名探偵としての真実追求をやめてはその少女が意味もなく心を壊されたことになってしまう。少女への罪滅ぼしとして名探偵を続けてきた瀬川は、彼女に似ている鈴花が三橋によって犯罪者にさせられるのを許せなかった。

 鈴花へ自首を勧めてから数日経ち警察と会った瀬川は、冬美の死に続き妹が事故にあったと聞く。妹を名乗って話をした人物は実は冬美の妹ではなかったことが判明した。混乱した瀬川は藤田家を訪れたが、鈴花が救急搬送されたと聞いて慌てて病院へ向かう。そこで彼女が脳腫瘍であったことを聞く。瀬川と会話した鈴花は、懺悔の言葉と共に『小人地獄』を服用したことを告げそのまま亡くなった。

 真相は、恭子の殺人未遂を鈴花が庇った不慮の事故でも、三橋の陰謀による完全犯罪でもなかった。2年前の『メルヘン小人地獄』事件を颯爽と解決した名探偵に恋をした幼い少女が、脳腫瘍で死ぬ前に、行方も知れぬ名探偵と再び会いたいがために考えなしに行った悪戯だったのだ。鈴花は被害者を出さないために自分がまず最初に口をつけて毒が入っていると言うつもりだった。そして過去に『メルヘン小人地獄』事件が起こった家庭で『小人地獄』が見つかるのは世間的にセンセーショナルでまた名探偵が来てくれるだろうと考えた。しかし不運により人が死んでしまった。恋心から殺人をしてしまった罪を瀬川に知られたくないと、鈴花が三橋に相談した結果、家族総出で協力し二重三重にもベールを重ねて隠された真実である。そして恋しい瀬川に詰められた鈴花は自ら死を選んだ。

 

 えっ。えっっっ…アクロバティックリリーじゃん…が読了直後の感想。がっつり百合。そして三橋、百合に挟まるサイコパスヤンデレ野郎。罪と業が深すぎる。

 第一部の話どこいったん?くらい様相が異なる。第一部は設定が壮大ながらも仰々しめの王道推理小説、『小人地獄』は依然実在するものの一応犯人も捕まり藤田家には平穏が訪れ大団円といった感じだったのに。三橋若干おかしくない?くらいの違和感残すだけだったのに。第二部では前半の残虐殺人要素?何それ知りませんがと言わんばかりの緻密で繊細な逡巡の描写とどんでん返しに次ぐどんでん返し。情緒がぶち壊れる。思わず衝動のままにダラダラ冗長に感情垂れ流してしまうレベル。後半があまりに強すぎる。

 本の宣伝帯に「第一部だけで読むのをやめないで」と書かれるのが納得の第二部。第二部読み始めた時のなんとなくのメタ読みと第一部のミスリードで、一番儚い犯罪しそうにない鈴花がやらかすかやたら冷静で様子がおかしかったサイコパス三橋がついに犯罪の側にいくかだろ?と予想してたら、それを準えるようにまず鈴花、そして三橋のヤンデレ故の陰謀と思いきやまさかの鈴花の細やかな悪戯だった。これは見事なミスリード。いや恋心で安易に毒薬使うな、お前そういう所血の繋がった母親似だなと。思い込み激しそうな所とか方向は違えど世間知らずな所とか。

 あと三橋。三橋の陰謀については否定されていたけど懸想は否定されてなかったような気がする。やっぱり百合に挟まるサイコパスヤンデレ野郎なのよ。家庭教師をしていた生徒が恋に焦がれて人殺してしまったという相談をしてきたことに応じてシナリオを作るのも異常だし、それなりの事件を解いてきて今までほとんど失敗して来なかったらしい名探偵をこうも欺けるのもヤバい。頭がキレすぎる。しかもそのシナリオの犯人候補に鈴花と自分を持ってくる所。思考力と行動力の鬼でそれを一人の娘のためにフル活用できるの、ヤンデレだと思うんだけどどう?

 第二部の方では瀬川が真実究明に拘る理由が彼女の心情描写と共に精細に描かれているんだが、要約では私には言葉にしきれないと思って省いた。瀬川、生きていて何の楽しみももたずただ自分が壊してしまった妹への罪滅ぼしの念から真相を明かす名探偵であり続けているのに、第二部では三橋が都合良く見せたい所だけを見せられて真実の欠片もない推理をし、おそらく恋愛の範疇になかった同性から全く予期せぬ片思いされて、その結果の殺人を自分(への思い余った恋)のせいにされて挙げ句の果て自殺されるの、本当に救いがなさすぎると思った。「事件は、名探偵のために創られた」という作中の言葉。もうこれが使いたいがために小説書いただろ。

 瀬川の自由意志と自己責任への強い信念。個人的な研究の分野でやっているカントの自由意志論と近しい空気を感じる。お前は何も間違っていない、こうなることは仕方がなかった、どうしようもなかったんだと語る三橋に対して、因果だとか運命だとかそんなものの責任にするな、そんな安易な物語にするなと反論する瀬川。自らの意志で自らの行為を選択する自由の存在、その自由があるからこそ人間は責任を問うことができるという思想には強く共感する。意志の自由がなければ責任を問うことも、罪を償わせることもできない。なぜならそれが最初から決定されていてどうしようもなかったことだったとするなら、その人は文字通りどうしようもないのだからそれを咎めるのは不当であるためだ。責任というのは他行為可能性がなければ無用の長物だ。例えば殺人をした人はその時同時に殺人をしないという選択肢も持っており、それにも関わらず自分の意志で殺人をしたというその選択にこそ責任が問われるべきなのだ。そしてその責任を問われた際に自死を選んでしまった鈴花を、心が弱いのだと断ずる瀬川。自身が追及した結果心を壊した夕奈や自殺した鈴花に対して弱いものは淘汰されると考える瀬川はとても冷淡に見えるが同時に人間的な弱さを抱えている。人間の自由意志と自己責任を突き詰めると、環境や生得的な要素に本人のどうしようもないことがあったとしてもあらゆる不幸は本人の努力と自由な選択によって打開可能なものとなるはずだから、弱いのはその人自身の責任だということになる。瀬川自身、真実の究明によって夕奈と鈴花を死に追いやったのは、真実究明をやらないではいられないという瀬川の感情であり責任でもあると考えているだろう。瀬川が彼女らの心の弱かったことも原因であると考えているのは、そう考えないと瀬川の心が潰れるからだ。そういう弱さを抱えるからこそ、自由意志を唱えながら他者からの救いの手を望んでしまうのだろう。難儀な性格だなあ。

 

 ともあれ、後半が衝撃的だっただけに『メルヘン小人地獄』のわざとらしさというのか、作り物めいた雅文調の世界観が些か腑に落ちない感がある。腑に落ちないというか、前半と後半が断絶しているように見える。と思って解説を見たら元々『毒杯パズル』の構想が先にあって、その小説を書き直す際に新たに第一部を付け加えたらしい。感じた違和感はそういうことかと納得した。あと三橋が「実は鈴花の一人芝居で、それに協力してもらって誤魔化した」的なことを告白するシーン、これもちょっと無理筋じゃないかと思ったり。急展開すぎる。あれだけ緻密に策を弄しておいてそこが協力の一言で終わるの、最後を急いたように思う。

 ちなみにこの作者さん、『絶園のテンペスト』とか『虚構推理』とかの推理漫画の原作者らしい。良くも悪くもしっかり練って盛った設定、確かに漫画向きではあるなと感じた。

 個人的にはそれなりに面白かった。が、面白かった分多少の違和感がより強く出てしまったのかな。ストーリー展開のインパクトが大きいから読了感として印象に残るんだけど、なんかびみょい。なんというかびみょい。それにしてもこれで長編ミステリデビューは強い。